最前線シリーズ 2

 

いま富山市では路面電車が新しい!


 かつて路面電車といえば、最盛期の昭和7(1932)年には65都市82事業者がいた。その時の総路線長は1479キロメートルもあり、戦前から戦後にかけて日本の都市の重要な交通手段として重宝がられていた。
 しかし、60年代の高度成長においてモータリゼーションが加速するなかで、路面電車は渋滞の元凶として続々廃止の憂き目にあい、平成22 (2010)年現在では路面電車が走っているのはわずか20カ所に過ぎない。
 ところが2006年4月富山市は、第三セクター富山ライトレール株式会社を発足させ開業した。つづく2009年12月には市内電車環状線化事業によりそれまで残されていた6.4キロメートルに0.9キロメートルの区間が延伸されて愛称セントラムを開業している。
 さて、なぜ富山市は路面電車の再開発、充実に乗り出したのか?そこにはまさに現代の都市が抱えている問題を浮き彫りにすると同時にその解決のための賢い智恵が集められた結果なのである。
 どの地方都市もモータリゼーションの結果として郊外へ向かって市街地が広がってきた。その結果従来の市街地は密度がどんどん低くなってきている。郊外には大手のショッピングセンター、アウトレットなどができ、若い夫婦は車でそちらへ出かけてしまう。地元の旧い商店街は店じまいを余儀なくされ、かつて賑わいの中心であった通りが、シャッター通りといわれるように昼間でもシャッターがおりているありさまである。
 富山市もその例にもれず、さらに急激な高齢化の波を受けて、車を持たない高齢者にとって街はどんどん住みにくくなってきた。そこで富山市では「コンパクトなまちづくり」の一環として先ず交通網の充実を図ったのである。
 「コンパクト」ということは単に小さくまとまるっているということではなく「充実して中身がたっぷりある」という意味がある。まさにこの考えは「公共交通の利便性」を図ることにより、「賑わい拠点の創出、まちなか居住の推進」を可能にしたということができる。高齢者にとって、下駄履き感覚で買い物が気軽にでき、映画、観劇、友人宅への行き来が自分の力で自由にできる便利な生活環境。それこそがいつまでも若々しく暮らせる要素の一つであるということを踏まえ、まず公共交通の利便性を高めようとしたのである。
 筆者自身は長崎の出身で長崎には昔から長崎電気軌道株式会社という市電がある。この市電は大正4年に営業を開始して現在まで95年間市民の足として働いている。もちろん私がもの心ついた時には既にそこにあり、「まち」に行く時、長じてからは通学に愛用していた。昭和28年当時の路線図から現在までほとんど変更はないし、混み具合に今も変化はない。運賃も当時は13円、去年まではどこまでいっても100円であった。しかし平成17年から20年までは黒字で推移しているのが、さすがに21年では9000万円の赤字を計上している。従ってこの1月から運賃を120円に値上げしているので,
今年は黒字に転ずることを願っている。
 その長崎のチンチン電車はタクシーの運転手にとっての評判はご想像の通りあまりよくないが、しかし市民のだれも撤去しようという人はいない。それは市民にとって坂の町長崎の北部と南部をむすぶ誠に便利な足であるからである。
 この度の富山市のコンパクトシティ構想をみるとこの点が巧妙に考えられ計画されているのが分かる。富山市は町の賑わいが富山駅周辺地区と商業の中心である平和通り周辺地区の二手に分かれている。その上中心市街地は436haと面積が広く居住、商業業務、文化、交流の諸施設への回遊を歩行のみで行うことは困難なのである。そこでこの二つの地区をセントラムで結びつけることによって回遊性の向上をはかりそれが賑わいの創出につなげようとしているのである。それに先立つ2006年の旧富山港線の再生。新しい色彩計画、デザインによる生き生きとした富山ライトレールの誕生で富山の町は一新した。
 そのトータルデザインはデザイン検討委員会が設けられ、事業主体である富山市、運行主体である富山地方鉄道株式会社に加え、学識経験者や関連機関、地元市民などにより構成され、車両のデザイン、架線柱,照明柱、ベンチ、ストリートサインなどの街具のデザイン、街路のデザインその他市民参画のデザインなど多岐にわたって徹底検討され,お互いの相乗効果によりLRTを中心としたコンパクトシティへの取り組みが、市内の環境を通して市民に伝えられている。
 特に低床車両の導入は車軸のない台車により道路面からわずか30センチメートルの高さに抑えられ、電停と車両床面に段差をなくし、お年寄り、障害者にとってスムーズな乗降を可能にしている。
 遠くに立山連峰の眺望、近くに富山城址など富山らしい個性豊かな歴史的、自然的、文化的景観資源を富山ライトレール、セントラムで十分に引きだしていくというこの新しい風景づくりを念頭においた街の再生は今後富山の街を大きく変えていくことだろう。そしてそれを機に寂れた旧市街地をもつ多くの地方都市がそのあとにつづいて、再び甦りかつての賑わいを取り戻して欲しいと願っている。

富山ライトレール・富山港線トータルデザイン:2006年SDA大賞(経済産業大臣賞)受賞/株式会社GK設計
富山市市内電車環状線セントラム:2010年サインデザイン優秀賞受賞/島津環境グラフィックス有限会社
参考資料:Total Design for Toyama Loop Line/富山市都市整備部路面電車推進室
デザインがまちを変える―LRTのトータルデザインによる地域再生/宮沢功



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