サインとデザインのムダ話

宮崎 桂さん
ダイソンの扇風機はなぜ丸いか
 
サインデザイナー
宮崎 桂
株式会社KMD代表取締役
社団法人日本サインデザイン協会副会長

 今年は夏に向かって電力不足が問題になる中、家庭や企業でエアコンから扇風機に変えるべきかと考えているむきも少なくないかと思う。
 扇風機といえば、昨年、日本のグッドデザイン賞で大賞をとったダイソンの「羽のない扇風機」(商品名:エアマルチプライアー)がちょっとした話題だった。羽がなくてどうして風がくるのだろう?この不思議な扇風機について考えてみたい。
 そもそもダイソン社は、イギリス人のジェームズ・ダイソンが始めた家電メーカーで、家庭向け製品は掃除機だけだった。紙パックの要らないサイクロン式のお馴染みの掃除機である。日本に入って来たのは今から10年くらい前だったと思うが、私は初めて見た時、そのカッコよさにびっくりし、値段を聞いて二度びっくりした。日本の掃除機の2倍、いや3倍はゆうにする値段だったから。近年では日本市場向けの小型の製品が開発され、普及してきたせいもあって値段も驚く程ではなくなってきた。
 その、技術者集団ともいえるダイソンが2009年に売り出した「扇風機」がこれだ。
 ここで扇風機の定義をふりかえってみよう。扇風機といって誰しも思い浮かべる姿は、まずしっかりした台座があって、そこから上に伸びる支柱の前面にプロペラのような羽が取り付けられている。さらに回転する羽の外側には、安全用の保護カバーが設けられている、という具合だ。
 扇風機という言葉が表すようにこの電化製品で一番大事なのはもちろん風を送る扇=羽に決まっており、それは長い間世の中の常識であった。
 そんな扇風機の要、羽がないとは一体どのようなシステムになっているのだろう、と誰しもが考えるわけだが、ここがメーカーの思うツボである。消費者みんなが「?」と思うことをあざやかにやってのけてこそ話題にものぼる。
 「羽のない扇風機」の一番のヒットは、実は「羽のない」という言葉ではないかと私は思っている。この扇風機の形態は、従来の扇風機と同じように、台座と支柱が一体になったベースがあってその上に丸いリング状の形が乗っているもので、どうやら風はリングから吹き出しているのだけれど、明らかに風を起こしているのは羽ではない。
 ダイソンの扇風機は種明かしをすれば、化粧室に備え付けてあるジェットタオル(濡れた手を入れると風がきて乾く機械)の技術を応用しているのに過ぎない。聞けばなあんだ、ということになるかもしれないし、これについては東芝の特許を侵害しているとも言われているが、ジェットタオルの機構を良くは知らないものの、少なくともここから吹き出る風は、羽が回転して起こるわけではないことだけは素人でも理解できる。
 だから円形でなくたって風は起こるのである。しかしながらこの円形こそ扇風機にとって絶対条件であった。ダイソンは円形にこだわった。そして通常羽が納まっている部分をあえて空洞にした。まるでマジックのように。実際には、円形の他、細長いタワー型も同時に発売されているが、この製品だけでは羽という言葉に結びつきにくく、インパクトに欠けたと思う。
 羽などもともと関係のない製品であるのに、あえて「羽のない」といううたい文句をつけて市場へ送り出したダイソン。デザインとはアイデアの具現化に他ならない。
 「羽のない扇風機」には、技術、発想、形、キャッチコピー、いずれにもアイデアが満ちている。


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