私のネオン屋稼業奮戦記

 Vol.98
私のネオン屋稼業を顧みて…。
     関東甲信越支部 富士ネオン(株) 野口賢一郎

野口賢一郎さん  私は、長野県の諏訪地方にてネオン屋稼業をしております。稼業を振り返ると言いましても、まだまだ若僧で、1年半ほど前に義父の病気リタイアの為に会社を引き受けたばかりの新米社長でございます。
 そうは言っても、義父が50年かけて築き上げてきた基盤、多くのお客様、大切な従業員、工場…なくすわけにはいきません。
 アルバイトで御厄介になってからを含めますと、はや28年。自分なりに頑張ってやってきたつもりですが、人の上に立ち、人の人生を背負い、大事な選択を数多く、素早く行っていかなくてはいけない現実を目の当たりにした時、義父の苦労が身に染みて感じられました。
 振り返ると、ここ数年は仕事に追われる毎日でしたが、当社も昨年50周年を迎えることができました。そのほとんどの年月は、先代社長の血のにじむ様な努力の積み重ねであったと思います。
 私に課せられた使命は、先代が築き上げた財産を有効に利用させていただきながら、今以上の会社の発展と、お世話になった業界へ先代以上の恩返しをすること。そして、私たちが生き住んでいる地域に、少しでも貢献していくことが必要だと思っております。
 長野県の諏訪地域は「東洋のスイス」と言われ、精工舎(セイコー)、エプソンを代表とするものづくりの町です。
 豊かな自然資源を背景に、製糸の町から精密工業の町に転身し、栄えてきたこの地域の中で、同じく製品(ネオン、看板)を作り、取り付けることで、生計を立てさせていただけました。そして現在は、エプソンを始めとする諏訪の企業が、世界に向けてその技術を発信しています。自分も出来ることならば、ネオンサインを中心に、日本や世界に向けて発信できるものづくりをしていきたいと考えます。
 皆さんは、「祭」ってご存じでしょうか。諏訪には、全国にある「諏訪大社」の総本山がございます。その諏訪大社にまつわるお祭りでございますが、7年に1度しか行われず、「日本の3大奇祭」と言われております。諏訪の人間は、この7年に1度のお祭りの為に、7年間惜しみなく、何でもいたします。「諏訪人の心意気、ここにあり!」って感じでしょうか。
 周りから見ますと、何か変な気質に思えるかもしれませんが、大袈裟に言うと命さえかけています。この心意気で、極寒の諏訪の地域の中でも、絆を持ち、助け合い、激励仕合い、物作りに頑張っています。是非、機会がございましたら「御柱」を見に来てください。「心意気」を感じていただけると思います。
 最後に、自分の事を少しだけ…。
 生まれは御柱の町、ものづくりの町「信州諏訪」でございます。
 前職は公務員でした。と言っても公務員で受けたはずの会社が、採用になった時にNTTになってしまい、8年間御厄介になり、前社長の二女と結婚した後に転職いたしました。日頃は、地元で少年サッカークラブのコーチ兼、事務局をしている毎日です。
 個人的には、あの「松田」が在籍していてくれた「松本山我FC」がJ2に上がってくれたことが、最近の一番の幸せ!!かな?って言いたいところですが、生意気な小中学生の成長を、まじかで見られるのが嬉しいです。
 心配事は、病床に居る義父と息子の将来、会社の今後の動向かな…。
 昨年は、日本も世界も大変な年でしたが、下を向かず、龍の様に上昇していけるスタートの一年としたいと思います。
 「信州諏訪」「御柱」を目にし、耳にしましたら、是非、私の事を思い出してください。



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