ネオンストーリー

 
「わりなき恋」 その3
岸恵子 講談社


 「ひどいよ、元君、参っちゃうじゃない、なぜ、死ぬ前に私に電話なんかかけてきたのかしら」
 相変わらず煌めくネオンの海を背負って、笙子は、その夜のいきさつを砂丘子に訴えた。
 「五条君だって発作的に笙子の声が聞きたくなっただけよ。小夜さんと話した後は、笙子のことなんか忘れていたわよ。そうじゃない? これから自分の命を断とうとする人間にあのには、とても複雑な、無、じゃないかしら、他人がどうすることもできないのよ」
 「無、じゃない人間は、後ろめたいいやな気分になるわ」
 「九鬼さんはなんて言っているの」
 「かなりのショックみたい。クールな彼が、いくら、父親同士のことがあったとしても、あそこまで気にかけるのが不思議に思えるの」
 このところ自分と九鬼との間にあった、と、過去形ではまだ語れないアンコミュニカビリティも絡んで、笙子はすこしやつれていた。
─中略─
 九階の窓から入る大都会の光は、不気味な生き物のように絶えず動いていた。この夜の笙子にはそれが鬱陶しかった。ずかずかと気分に踏みいってくる、得体の知れない都会の暴力だった。
 「砂丘子さん、この賑やかなネオンうるさく思うことないの?」
 助けを求めるように言う笙子に砂丘子はしみじみと見入った。
 「笙子、疲れているのね」
 砂丘子は立ち上がって窓の脇のスイッチを押した。かすかな音をたてて、遮光カーテンが、窓いっぱいにひろがるけたたましい光の洪水を遮断した。

 
 

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