ネオンストーリー

 
『電光の男』
加藤文 文芸春秋


 <その1>
「光広告社は銀座にネオンサインを灯すんだ。そうさ……舞台の照明のようにね。アステアのレビュー映画、それから宝塚のグランドフィナーレ--あのきらきら輝いていた夢の世界を思い出してごらんよ」
 すすきの原っぱを突っ切るコンクリートの道が滑走路に見えた。寛太は夜間飛行の飛行士となって空を飛ぶ自分を思い浮かべた。光広告社は月島から離陸する。ビロードを敷き詰めたような漆黒の下界に、ぽつりぽつりとネオンが灯ったかと思うと、光源はみるみる数と輝きを増していく。銀座が、ダイヤモンドの白、ルビーの赤、サファイアの青、エメラルドの緑、トパーズの黄色に輝く。
<その2>
 皆川の頬が微かに弛んだ。
「島さんの考えるネオンサインとはどんなものですか」
「ビルの屋上にもう一階ぶん継ぎ足すほど大きくて--」
「それで?」
「誰も見たことのない美しさで一晩中輝いている。そんなネオンサインを、街を昼のように照らすくらいたくさんつくりたいのです」
「大きくて、たくさんですか」
「大きくて、たくさんですよ」
「なるほど。それなら悪くない」
 皆川が手を差し伸べてきた。血管がうっすらと浮き上がった肉の薄い皆川の掌を、寛太は握りしめた。生まれて初めてする握手だった。
「それにしても、よくネオン管を調達できましたね。戦前ですら手に入れるのが難しかったのに」
 寛太の気持ちは、チェーンがはずれた自転車のようにいきなりつんのめった。
 ポスターは版下をつくって印刷所に渡せば刷り上がる。ネオン装置も、同じ要領で電気関係の工務店に依頼すれば簡単にできあがるものと思いこんでいたのである。
「ネオンが発光しているところを見学させてもらえませんか」
 皆川が寛太に初めて笑顔を見せた。
「いずれ近いうちにお見せします」
と寛太は答え、そそくさとその場を辞した。

 
 

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