サインとデザインのムダ話

 
『選択すること、されること』─デザインする理由

山田晃三
デザインディレクター
(株)GKデザイン機構(GK Design Group Inc.)代表取締役社長
日本サインデザイン協会常任理事、日本インダストリアルデザイナー協会理事
日本グッドデザイン賞(Gマーク)審査委員、道具学会会員
山田晃三さん

 少し古い話しをしたいと思う。かつての私たちの祖先のことである。
 いまから7億年ほど前、この地球上の生命がまだ単細胞の状態で海の中にしか存在しなかった頃のできごとだ。それまで、細胞は「分裂」することで増殖(クローン)をくり返していた。しかし、この方法、エネルギー効率も良く合理的ではあるが、環境変化に弱く絶滅の危険が高すぎた。これはまずい。そう考えた原生生物のなかに、従来の細胞核に加え、異なる生殖の核を持つものが現れた。彼らは分裂から「結合(接合)」という新しい生殖のシステムを生み出した。ここに、オスとメスという対の関係による生殖法が誕生した。クローンの弱点を克服し、環境に対し強い種の生存方法が生まれた瞬間であった。その後、海の中の生命は急速に進化し、カンブリア紀には海は多様な生き物であふれた。
 「結合」という生殖方法では、対になる相手を見つけなくてはならない。さらに自分を選んでくれるように働きかけなければならない。これを生物学では、配偶者選択(Mate Choice)という。そう、生命存続のための最も重要なキーワード、『選択』である。おそらく当時、ゾウリムシのような一匹のメスが、何匹かのオスのなかからこれは良い、と思う一匹を選ぶ。オスのゾウリムシは、他のライバルたちとは違う自分を表現し、自身の魅力をメスに示さねば選ばれない。ここで繰り広げられる『選択』のための試行錯誤が、デザインの原点であろう、と私は考えている。すなわち、競争相手との差異をアピールし、それによって選択してもらう仕組み、これがデザインの定義であり、デザインの発生といって間違いない。7億年ほど前の海の中のできごと、「雌雄の誕生」がデザインを生んだのだ。
 では、サインとは何か。デザインDesignという言葉に内在するこのサインsignとは、「意志motive」と考えるのが妥当ではないだろうか。自分自身の内に秘めたるメッセージである。デザインは、サインを駆使し、かたちづくる行為である。結果としてのサインは「違い」を示す。これは見た目だけではない。匂いや声、吠えるのも、ダンスを踊るのも,そこで表出されるのはみなサインである。
 想像してみよう。私たちの過去をたどると親父の、親父の、という具合にずっと遡れば、2億年前、ネズミだったころの、ほ乳類になったばかりの親父にたどり着く。3.6億年ほど遡れば、海から上がった両生類の親父に出会う。何れも親父は一人しかいない。彼らは、敵と戦い、環境の変化に耐えながらお袋を口説いてきた。C.ダーウィンは、この過程を「自然選択Natural Selection」と呼んだ。選択し選択される力(デザインの力)があるものだけが生き残り、今日まで遺伝子を繋いできたのだ。自分がいまここに生きているのは、父と母のおかげであるのはもちろんだが、気が遠くなるほどの『選択』の結果である。祖先にデザインする力があったからこそ、いまの自分が存在する。
 だからこのごろ考える。デザインのセンスとはなにか。その答えを外に求める前に、自分の内に問うてみたい。デザインの力は、数億年という時間をかけ、代々受け継いだものだ。この瞬間をともに生きる、かけがえのなさこそがデザインのセンスであり、サインを駆使できる源ではないだろうか。みな自信をもって自分を信じることが、デザインとは何か、への回答ではないかと思う。少々変なものをつくったところで、悩むことなどない。学べばいいし、直感はいつも働いている。
 さて、人類は、数10万年前に、他の生き物たちに別れを告げた。はじめて「道具」を手にし、立ち上がったその時から、自然から切り離され、人工世界という不自然な中に生きるようになったのだ。身体の延長線上にある、槍や斧といった単純な道具が、拳銃やパワーショベルになった。靴をつくり、車輪をつくり、自転車となり、クルマ、飛行機までつくりあげ、地球の圧倒的優勢種となった。生活環境は村から町、都市に発展し、人やモノの移動が活発になった。さらについ最近、コンピュータが登場し、人の頭脳まで道具化(体外化)してしまった。記憶と記録がどんどんコンピュータやインターネットの中に納められ膨らんでいく。肝心の脳は老化の一方である。自動化のなかで、身体は体力や筋力、判断力を失った。が、進化した道具たちがみなサポートしてくれるおかげで、生きていられる。
 私たちは、道具(モノ)や空間を日々デザインしている。こうしてでき上がった人工物たちもまた、生き延びようと必死である。クルマも家電も、買ってもらえなかったモノたちは廃番となる。客の来ないお店は、潰れるしかない。流行遅れの服は処分される。使われない言葉は消える。人工世界においても、人工物もまた生々流転のなかにある。選ばれなかったモノたちは、命を失うのである。「選択すること、選択されること」という行為の結果が、これからもこの地球の未来を、つくっていくのである。
 よって、私は、「選ぶこと、選ばれることの行為」を、必然の行為と認識し、真剣にデザインに向き合い、いのちを繋ぎたいと思っているのである。


〔生きのびるためのサイン -------- 唇と口紅〕
動物行動学者デズモンドモリスによれば、「唇」は他の霊長類(サル)にはなく、人類のみにある特徴的部位だそうだ。女性はさらにこれを口紅で赤くする。モリスはこの唇を「性的自己擬態」と呼ぶ。かつて四つ足のころ、オス猿の目のまえにはメス猿の赤いお尻「求愛のサイン」があった。立ち上がり顔を見合わせて暮らす人類は、いまでも性的なアピールを必要とし配偶者選択が重要であることを、自然に、ひたすら実行(デザイン)しているのである。


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