サイン屋稼業奮戦記

 Vol.141
転勤7回を経て充実した31年間
    関東甲信越北陸支部 (株)研創 東京営業所 石丸孝之

石丸孝之さん 会員の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は弊社に格別のご支援を賜り、この場をお借りしまして厚くお礼申し上げます。
 執筆のご連絡を頂きました時に、私のような者がお受けしてもいいのであろうか?うまく執筆できるのであろうか?というのが率直な気持ちでした。熟考し、年号も令和に変り過去を振り返り今後に生かせるいい機会だと思い、お受けした次第でございます。
 遅くなりましたが、私は褐、創の石丸孝之と申します。現在は東京営業所に勤務しております。勤務は入社し32年目となっております。入社のきっかけですが、大学が東京でUターン就職を希望。出身である広島に本社がある事が、私の中での条件でした。両親や友人に相談、就職案内を何冊も見た記憶があります。
 当時研創は株式公開に向けての準備をしていると記載されており、業績も右肩上がりであった為、入社の意向を決意したと思います。入社が決まりふと考えた時に、人一倍不器用な自分が物づくりをする会社に就職し、営業職であれ、果たして戦力になれるのであろうか?本当にこの仕事をやって行けるのであろうか?等、自問自答した事を思い出します。
 この仕事を31年間何とかやってきましたが、苦労話は数えきれない程あり、今となっては懐かしさと良い思い出となっております。
 そのなかで1番の苦労話は、入社4年目で有名なメーカーの自社ビルのサインを一式製作させて頂いたことです。三日三晩ほぼ徹夜、昼間は通常業務をし、夕方から朝方にかけて現場作業をした事です。この物件には多くの人に助けて頂き、人の繋がりの大切さをしみじみ感じました。その事は今でも忘れませんし変りません。
 広島本社→東京営業所→千葉営業所→広島営業所→名古屋営業所→東京営業所→広島本社→東京営業所と転勤異動をしてきました。退社する事なく現在勤務できているのもお客様はもちろんの事、協力会社の方、社内の先輩、後輩等いろんな方の協力と繋がりがあるおかげであると感じております。また適切であるかわかりませんがクレーム、トラブルの対応をしっかりやる事により、今まで以上の繋がりと信頼感が生まれた事もあったように思います。
 話は変わりますが、先程苦労話をしましたが、それより何十倍も感じているのは自社製品が世の中に設置されている事、自分が手配した製品が世の中に設置されている事の嬉しさと充実感です。特に仕上げや製作上苦労した物件等には思い入れがあり、転勤異動を多くしていますので、出張や仕事以外の旅行等で自分が手配製作した物件は立ち寄り確認をする事も多々あります。会員の皆様におかれましても、ほとんどの方がこの事は感じておられるのではないかと思います。
 最後となりますが現在の仕事の事について執筆させて頂きます。
 皆様ご承知の通り日本、特に東京近郊におきましては今年2019年のラグビーのワールドカップ。来年2020年はオリンピック・パラリンピックが開催されます。それに伴って施設の新設、改修工事はもちろんの事、ホテルの建設や駅の改修工事も多く行われていると思います。東京近郊以外でも外国の方を迎え入れる動きがあるように感じております。1つでも多くの物件、アイテムに携わり、先程述べました製作、設置の嬉しさと充実感が会員の皆様と共に味わえればと思います。
 執筆の機会を頂き、私自身過去を振り返る事ができました事を感謝しております。不慣れな執筆により乱文等多々ありました事をお許し下さい。
 会員の皆様のますますのご発展とご多幸を祈念いたしまして、最後の言葉とさせて頂きます。



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