サインとデザインのムダ話

 
サインとパブリックアート
竹内  誠さん 竹内 誠 タケウチ・マコト
株式会社竹内デザイン 代表取締役
公益社団法人日本サインデザイン協会会長
「駅、街をつなぐ“渋谷サイン”プロジェクト」でSDA大賞受賞
新宿区景観アドバイザー
東洋美術学校講師
一級建築士

 パブリックアートが好きだ。西新宿のビル街にある「LOVE」(ロバート・インディアナ)や六本木ヒルズの「蜘蛛」(ルイーズ・ブルジョワ「ママン」)など場所を個性的にし、都市に潤いを与える。「人はアートを必要とする生き物」と赤瀬川原平が言っていたことを思い出すが、パブリックアートはその地域の「文化度」を測るものだと私は思っている。

 先日、再開発の工事が続く渋谷駅ビル内の公共通路内で、視覚障碍者のための誘導ブロックをアートにするという実験が行われていた。(2021年4月28日~5月9日の期間)
 「STREET ART LINE PROJECT」と呼ばれたこの試みは、「誘導ブロックそのものに啓蒙機能を持たせながら、 視覚障碍者の方々が街を安心して歩ける、そして楽しむことができる世の中を目指していくプロジェクト」だと解説がされていた。既設のブロックに床用出力シートを貼り、30mくらいのグラフィックアートを展開。主催者によるとアートと誘導ブロックとしての機能性を両立させ、当事者である視覚障碍者も実行委員会メンバーに迎え入れ、点字ブロックを足で踏んだ際の防滑度や、アートで使用する色彩の輝度比の検証を行い、デザイン面・素材面共に基準をクリアしたものを利用し開発を行ったとのこと。アートには「太陽と八咫烏」(佐川友星、HOLHY)とタイトルがついていた。
 実際に見た感想としては、歩く視点からは、床のタイルの色が「なんか変わっているな」と思う程度で、アートと気づく人は少ないだろうなと思った。目的として、「啓蒙機能、楽しむこと」ということ、誘導ブロックの表現の可能性を広げるということなので、アートの見せ方などアーティスト側の配慮で今後の発展が期待できそうだ。空間に馴染む表現ではなく、誘導ブロックをさらに顕在化する強い表現が必要だと感じた。


 これまで、誘導ブロックは建築家からはあまり好意的に取られることが少なく、黄色でないもの、あるいは、ステンレス鋲で突起をつけたもので「できるだけ目立たないものにしたい」との意見が多い。一方、障碍者団体からは「黄色以外は使わないでほしい」、行政や識者からは「コントラストをはっきりとさせて目立つもの」と様々な意見がある。今回のプロジェクトは、建築家に対しては、「アートとして意識的に目立たせることで好ましい空間を再構成する」という提案になるのではないかと思ったことと、障碍者団体、行政に向けては、これまで認定規格品しか使えなかったものが、形状や素材を変えないまでも、「表現のバリエーションを提案できる」という可能性が広がることが障碍者当事者による意見から見いだせれば大変意義ある実証実験といえよう。
 残念だったのは、既存のタイルに貼られた出力シート。近年シートの改良によって、床用の出力シートを公共施設や、駅などでも頻繁に見かけるようになったものの、恒久的なイメージはなく、仮設的で、限定的な素材である。今回も期間限定で、終了後は元の黄色いタイルに復旧しなければならないという条件下だったのだろうが、表現手法については、できればタイルに焼き込むなど、耐久性のあるものであってほしいと思った。

 同じ渋谷区で、「シブヤ・アロープロジェクト」というアートとサインを融合したプロジェクトがスタートしている。災害時において一時的に退避する場所を、多くの来街者に認知してもらうため、日頃から人々の注目を集めるようなアート性あふれるデザインの「矢印サイン」を制作し、帰宅困難者対策の一助を担うプロジェクトとのこと。災害時に帰宅困難者を「一時退避場所」に誘導する「矢印サイン」を街中に設置するというものである。
 2017年8月に複合施設「渋谷キャスト」前の歩道に、「アローツリー」(東恩納裕一)を設置。葉っぱのように矢印を付け樹木をイメージした高さ4mのスチール製のオブジェで、てっぺんには「自然災害を予知する」といわれている鳥型のプレートが付いている。「この矢印は、青山学院大学の方向を示しています。発災時には、青山学院大学は一時退避場所となります。」と書かれた解説プレートも設置してある。


 2020年には東急ハンズ渋谷店近くの区の施設の外壁や、宮下公園近くのJR線の高架下になど8人のアーチストが参加しグラフティアートなどを展開した。
 紹介した2つのパブリックアートは「サイン」機能という「目的を持ったアート」であることが興味深い。しかし、いずれも本来は「意味」を伝える必要があるサインが、アートというベールに包まれ、「環境」になってしまった感がある。サインは簡単ではない。
 新宿歌舞伎町を作ったことで知られる都市計画家の石川栄耀(ひであき)は戦後間もない1951年に刊行した著作「都市美と広告」の中で、「屋外広告論」として都市景観における屋外広告の位置付けを論じている。当時すでにネオンサインのコンクールが行われており、その審査委員であった石川は、ネオンサインの芸術的表現の可能性を見出していた。さらに加えて「明日の広告は『完全に基盤都市美と一體になつて流動して行くもの。』になるであろう」と示唆的な提言を残している。屋外広告物とパブリックアート。いずれも「都市景観」という視点が大切であり、市民に理解され、メンテナンスも含め、持続可能な大事にされる美的創作物であってほしいと思う。
 アーティストの選定や、手法、設置に関しては、パブリックアートではこの上もなく重要であり、設置を企画コントロールする側の「高度なデザイン能力」と将来の都市景観について時間経過をも「見極める能力」が必要となってくる気がする。パブリックアートが一過性のファッションとして扱われてしまうと、その魅力は無くなってしまうからだ。


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