特別報告 タイムズスクエアの屋外サイン状況

理事 小野博之
 

 タイムズスクエアのサインは近年大変貌していると聞く。その変貌ぶりを是非実見してみたいと思っていた。事実はウワサの通り、なるほどタイムズスクエアは変わった。まさに大変貌といっても過言ではないだろう。その変貌ぶりを今回は写真を交えてご報告したい。

 私が前回ニューヨークを訪問したのは平成3年(1991年)、今回は9年ぶりの訪問となる。日本のバブル崩壊は平成2年の秋口より始まっていたが、タイムズスクエアの屋外サインはその頃まだ日本企業の全盛を誇っていて、その一帯が何か日本の属領地ででもあるような情況を呈していた。しかし、その後の日本経済の凅落ぶりは言うまでもなく、反面アメリカの景気はその頃から上昇の一途をたどった。その対比が広告スポンサーの版図となって明確に示されていた。

 もう一つの変化はニューヨーク市がとった政策によるものである。ニューヨーク州と市は1990年代に入り、退廃した42丁目の再生を目論んでいたが、これが5、6年前から実を結んできた。タイムズスクエア周辺の再開発事業に取り組み、老築化したビルを建て直すとともに、この一帯にあったポルノショップやポルノ映画館を一掃し街の健全化を推進した。それと同時にとったのが街路に面するビル壁面に一定規模以上の広告を掲出させるというユニークな条令の実施である。そのため主要なビルの壁面は3段にも4段にも広告板が積み上げられた情況で街はさながら広告の見本市のような様相である(写真(1) )。それはまさに現在のアメリカ経済の活況を象徴するように、エネルギーに満ちあふれた都市景観を造り上げていた。

 今回の視察時、日本メーカーで健在ぶりを発揮していたのはサントリー、カップヌードルの日清食品、トヨタ自動車の三社のみ。ソニーはかつてX字型に交わる交点の北側にかなり大きなサイン文字を掲げていたが、現在は大型情報装置の下に小さく社名を表示しているだけ。もう一社、日産が建築現場の仮囲いにかなり大きなペイントサインを出していた。かつてはキヤノン、ミノルタ、オリンパス、シチズン、東芝、マクセル、アイワ、ブラザー、TDK、富士フィルム等々日本企業が目白押しであったことを思うと昔日の感がある。

 代わってスポンサーの傾向で目だったのはアメリカの株価の高騰ぶりを反映した証券業界の健闘ぶりである。ハイテク、ベンチャー企業株を扱うナスダック(米証券店頭株式市場)が、銀座の三愛ビルより一周大きな円筒形のビルの全面をLEDの映像装置にして独占広告していたのが最も目を引いた(写真(2) )。カラーが日中でも鮮明で、大胆、かつ動きの激しい映像に鮮烈な印象を受けた。ほかにも株価の動きをダイレクトに表示したものなど3物件が設置されていた。

 この一帯に店開きしていた風俗店が見事に一掃された後、通りに面する店舗は飲食店、みやげ物店、オーディオ店、カメラ店、ミュージックショップなどで占められていたが、マクドナルド(写真(3) )とヴァージン(写真(4) )がネオンの巨大店頭サインを出していて特に目を引いた。ことにヴァージンは赤いネオンの点滅を全面的に用いラスベガスか日本のパチンコ店のような華やかさである。しかし、こんなネオンギラギラのサインはもはやタイムズスクエアでは少数派といってもよい。

 ただし、これだけサインが多いと周囲との調和よりどれだけ目立つかが勝負どころとなる。むしろ何でもありの混乱情況がこの都市の魅力を盛り上げているといってもよいだろう。その点では同じ壁面の上下に並ぶサントリーとコカコーラ(写真(5) )、カップヌードルとバドワイザー(写真(6) )の広告企画が格好の比較材料を提供していた。この4社はともに自社商品のボトルやカップを型どったレリーフを中央に配しているものの、その扱いとバックのデザインに大きな差が見られる。

 コカコーラの場合、ボトルが斜めになっている上、キャップの王冠に開いたり閉じたりする動きを加えている。しかもボトルを中心に放射状に配列したネオンが3段になって点滅を繰り返し、その外周にサイン球の帯を配しているから目立つことこの上ない。更に芸が細かいのは上部のロゴ表示部分がなんとトライビジョンになっていて3パターンに変化する(写真(7) )。ネオンのトライビジョンは日本では見たことがないから驚きだ。対抗するサントリーはそれなりに金を掛けてはいるものの、コカコーラの前ではすっかり威力が薄れて見えてしまう。アイデアの勝負というか、日本とアメリカのデザイン感覚の違いがモロに出てしまった結果のように思われる。

 
写真(1) 写真(3) 写真(4) 写真(8) 写真(9)
写真(2) 写真(5) 写真(6) 写真(7)
 

 その差はカップヌードルとバドワイザーについても同様である。バドワイザーのボトルも垂直と斜めの動きを繰り返す上、映像スペースとパターン変換を伴うバックの展開が華やかである。それに引き替えカップヌードルはカップの照度不足やそこに書かれたロゴのインパクトのなさもあり、同情したくなるほど印象が薄い。このサインはカップから湯気が出ていると聞いたが、私が行ったときはそのように見えなかった。同じ壁面の上下に4面の広告板がほぼ同じサイズで並ぶのだから、目立つのと目立たないのとでは歴然と差がついてしまう。タイムズスクエアのサインバトルでは日本勢はもっと頭を絞る必要がありそうだ。

 今回、9年前との比較で感じたことは、FFシートサインと映像型情報サインの多さである。この両者とも9年前にも見られたが、数はそれほどでもなかった。しかし現在はサインの過半数がこのどちらかという情況である。無論ネオンサインもあることはあるが、数としては今や少数派になりつつある。もっともヴァージンにしてもコカコーラにしてもそうだが、目立つ点ではネオンに優るものはなく、それにもかかわらずFFシートや映像型サインがこれだけ伸長しているのは時代の要求がビジュアルな表現を求めているからではなかろうか。表示を即時変更できる点でもテンポの速い現代社会にマッチしている。

 表現上の傾向としては立体的な造形やリアルなデザイン手法が以前より多く用いられているように感じられた。例えばボトルやカップをそのまま拡大して表示するケースだが、ブリティッシュ・エアウエイのジェット機など「実物」のもつインパクトは相当なものがある(写真(8) )。もう一つの手法はナスダックの円筒形やソニーの情報装置が取り付いたアールの帯状LED盤など表示面を立体にしたケースである(写真(9) )。これはFFシートや情報装置自体が平面性を持つ単調さを補い、視線を誘う意図を持つものであろう。このような立体化の傾向は今後日本でも出てくるのではなかろうか。これだけ映像メディアが多くなれば、その表現手法もサインデザインの大きな要素となってくるが、その点では文字をほとんど用いずに、シャープでテンポの速い映像のたたみかけのみでスポンサーのイメージを強烈に訴え掛けるナスダックは、その圧倒的なスケールとともに従来の屋外広告を一歩抜き出た印象を受けた。ナスダックは本社をこのタイムズスクエアに移転したと聞いたが、おそらくこのビルが本社ではなかろうか。採光と非常用であろうか、一定間隔で開けられた四角い窓が映像効果の障害にならず、かえって一種のアクセントになっていた。その情景は、あたかもリドリー・スコットが映画「ブレードランナー」で描いた映像広告の未来社会をかいま見たような衝撃でもあった。

 アメリカ社会の現状は数年後には日本の現実となって伝播すると言われる。タイムズスクエアの広告実態はあくまでも一定地域での特殊情況であることを踏まえても、高度情報化社会にがおける我が国での屋外広告の未来像はそう悲観したものではないように思われた。ただし、その内容や手法については自ずと変化せざるを得ず、そのヒントがタイムズスクエアの情況の中に読み取れそうだ。

 

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