ネオンストーリー

 
  「行方不明になった母」
なか杉 こう ゴザンス こう・ストーリーズ http://writer.gozans.com/writer/992/191.html

 じいちゃんから会社に電話がかかってきた。「大変だ、ばあちゃんが行方不明だ」その日、二人は薬を買いに東京の病院に行った。帰りのバスに乗っていてふと振り返ると後ろに座っていたばあちゃんの姿がない。運転手は「さっきのバス停でおりましたよ」と言う。
 じいちゃんは真っ青になって、バスから降り、バス停まで戻ったが、ばあちゃんの姿はない。思わず近くの警察署に駆け込んだ。私は仕事をおっぽりだし警察署まで行く。ばあちゃんはだいぶぼけている。足はしっかりしているが、自分の居場所すら全くわからない。前にもバーゲン会場で迷子になった。こんな大都会で。ばあちゃん、どうしているの。
 警察署ではばあちゃんの特徴をFaxで全署に送ってくれた。じいちゃんは家に帰らせた。
 一人警察署の固い長いすに座っていると開け放した扉から、季節はずれの冷たい風が吹いてきた。ばあちゃんどっかのビルの隅で震えているの。
 夜が更けてゆく。やくざのような男が警察に連れられて入ってくる。向こうでのんびりと署員達がお茶を飲んでる。何の連絡もない。
 帰ったらどうですか、と言われたが、家は遠い。もう十一時。行方不明になって八時間。涙が出てきた。私は都内のホテルに泊まることにする。
 ホテルの部屋の窓に、向かいのビルのネオンサインが映る。今頃公園にでもいるのだろうか。急に「リーン」とベルの音。「見つかりましたよ。東京駅の交番にいます」行くと、何人ものお巡りさんに囲まれながら、ばあちゃんは座ってにこにことお茶を飲んでいた。
「改札口にこんなきれいな人が今時分いるんで、びっくりしましたよ」…やさしいことを言ってくれる。
 ばあちゃんは紙に「すぎた」と書いていた。ばあちゃんの旧姓だ。字を覚えていたんだ。ホテルに戻るとパンツがぐっしょりだった。私は自分のガードルを脱いではかせた。
「よかったよかった」何度も言った。ばあちゃんは、にこにこと、「まあまあ申し訳ありませんねえ」ネオンサインがピカピカ光る。「おやすみばあちゃん」しばらくすると、ばあちゃんの静かな寝息が聞こえてきた。

 

 
 

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