ネオンストーリー

 
  「グロテスク」 その(1)
桐野夏生 文藝春秋

 薄っぺらな白のトレンチコートのベルトをきつく縛り上げ、肌色の野暮ったいストッキングを穿いた脚は折れそうに細い。女を一風変わった目立つ存在にしていたのは、圧倒的とも言えるほどの貧相な肉体だった。北風に薙ぎ倒されそうな細い体は、骸骨の上に薄皮を張ったかというように平板だった。そして、まるで仮装大会だと笑った後に、精神を病んでいるのかと背筋が寒くなる厚化粧。黒々と太く描いた眉と真っ青なアイシャドウ。深紅に塗られた唇は、ネオンを反射しててらてらと光っていた。女は私に向かって拳を振り上げた。
「誰に断って、そこに立っているのよ」
 意外な言葉が出たことに私は驚いていた。
「いけないの?」
 私は煙草を道端に捨てて、白いブーツの先で踏み潰した。
「いけないの、じゃないよ」
 女の血相が変わっている。強気な様子に、ヤクザでも一緒にいるのかと心配になった私は、背伸びして道の向こう側を見た。誰もいなかった。

 

 
 

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