点滅希

 
 『狐様』  
    

 稲荷大明神の本尊様はキツネ様。そうかと思えば女狐なる怪しげなものもいる。人を騙すことであまり評判はよろしくない。私が子供の頃、祖父からよく聞かされた話が実に面白い。
 隣村の結婚式に出席した祖父。ご馳走を鱈腹よばれ、山越えして帰る途中突然、煌びやかな遊郭が現れたと言う。綺麗どころがずらりと並び、執拗に手招きするのでつい其の気になり、館へ上がり込みどんちゃん騒ぎと相成った。
 その朝、近所の百姓衆が爺を見つけて声をかけた。池の砂地で心地よく寝てござったそうな。「ええ女じゃった。中でも飛び切りええのが当たってのうや」まだ酔いが覚めていない爺を連れて来てくれたんだ。家族の心配を尻目に本人は夕方迄熟睡。
 此の話、村中に広がり、本人は至極ご満悦で、狐様の話になると急に元気になり、手振りよろしくまくしたてる。次第に尾鰭がつき、遂に講談もどきになってしまったそうな。
 二,三年後父が私に話してくれた。父はその日現場を調べていた。そこには折詰弁当が散乱し、狐の足跡が無数にあったと言う。狐様はただ掠めるのではなく、その代償に爺に夢を残してくれたのか?ともあれ七十年前の平和な時代の話である。

(忠)

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