インタビュー
樋口正一郎氏
乾 正 雄
いぬい まさお
1934年生まれ。現在、武蔵工業大学教授、東京工業大学名誉教授。主な著書に「建築の色彩設計」(鹿島出版会)、「照明と視環境」(理工図書)、「夜は暗くてはいけないか」ほか多数。
写真は「夜は暗くてはいけないか」暗さの文化論(朝日選書/1300円)よりブダペストの鎖稿 昼の情景と投光照明された情景。

――乾研究室は『建築環境工学』とありますが、これは簡単にいうと、どういった研究なんですか?
 「音・光・熱・空気・色」と、よく一口に言われますが、それらの人間にとって最適な環境を考える学問です。光と色でいうと、東京の街は明るすぎる。現在の東京は“白夜”だという人もいます。夜、雲が低い時などすごく明るい。そう思いませんか?雲が反射板になって、街の光を地上に送りかえしている。アメリカ空軍の人工衛星から、夜間地球画像をもとにした夜の光り方の世界地図を見ると、オーロラ以外はすべて人間が発している光ですね、アフリカの焼き畑やペルシャの油田も目立ちますが、日本は全体的に明るいでしょう。小さな国土が隙間無く光っている。夜の街の賑やかな照明と車、車のための街路灯、日本海に見える漁火も驚くほど明るい。地球温暖化などの深刻な問題もからんできます。

――明るすぎる日本では、やはり光の総量規制が必要でしょうか?
 省エネからいっても必要だと思いますね。ヨーロッパはパリもロンドンも暗いですね。ヨーロッパ人は暗さを選んで生きている。青い瞳はまぶしさに敏感なんです。日本人の黒い瞳は、まぶしさに強い。屋内でも蛍光灯が日本でこんなに普及したのは幾つかの説があるんですが、戦後のどさくさで、安普請の木造建築が建ち始めた頃と、蛍光灯が出回った頃が同じで、熱帯夜があるという気候風土があります。電球はオレンジ色でいかにも暑い。

――この街は照明がきれいだな、と思ったら行政の規制がうまくいっているということを著書で読みましたが、今まで行かれた中で、照明が“美しい街”はどこでしたか?
 ブダペストですね。私はライトアップ自体 には総じて懐疑的ですが、ブタペストの投光照明は市内のこれはと思う建造物がオレンジ一色に照明がされていてきれいでした。まだ東ヨーロッパが西側と隔離されていた頃でしたから、西側ほど豊かじゃない共産圏の、国の威信を懸けた投光照明なんですね。建造物も17、18世紀の重厚な石造りで、照らされ負けしないというか、街を貫くドナウ川の暗さがまた効果的なんです。下手なものをライトアップすると、なにかこうふわふわしているというかぴったりこない。

――20世紀の美しい街というとどこだと思われますか?
 まとまって新しく開発される街、例えばパリの凱旋門の外側にできたデファンスや、ロンドンのドックランズなどはそうでしょうね。ドッグランズは相当広い。繁華街も住宅街もニューオフィス街もある。美しい街並みとネオンもある。ロンドンでは冬は4時頃にはもう暗くなるので、暖かみを感じさせるネオンは冬向きかもしれません。イギリス一の高さになる建物はまだ完成まで10年、20年かかる。彼らは気が長いですからね。

――光害とネオンサインについての意見をお聞かせください。
 光害は、公害にひっかけて造った造語ですが、夜寝られないといった人間に対する悪影響と、動物に対するもの、それと植物に対するもの、例えば街路灯の影響で稲の実がならないといった生態系にも関わる問題ですね。また、星が見にくいといった天体観測の立場からの問題もあります。難しいのは天体観測はかなり遠方からの光の影響を受ける。岡山県美星町には日本で最初にできた光害防止条例があります。岡山天文台が近くにあり、町内に別の天文台も持っている。10キロ離れたところに水島工業地帯があって、そこからの光害が問題になったんです。美星町の条例は「夜空の明るさを、真っ暗な時より10%を越えない状態にする」というもの。これは結構大変なことなんです。10%というのはほぼ、人間の眼に明るくなったと感じさせない暗さなんです。大がかりなシンポジュームが開かれ、私も講演をしてきました。美星町では、大きな商業地もないので、住民の反対もほとんどなく、うまくいっている。これはむしろ特殊な例ですね。今、天文学会と照明学会では地域を明るさでのクラス分けするというか、一番暗い山の中をA級としたら、銀座4丁目はE級というように、暗いところと明るくても良いところの棲み分けが言われています。なにが何でも真っ暗にしろということでは無い。

 不必要な障害光を減少させる、照明は光が下方にしか向かわない器具を選ぶ、光を上に向けるときは、照らされる対象物からはみ出ないようにするといった天体観測の立場からの規制項目は、地球規模で省エネを考えなくてはならない今、やはり一般的な地域でも必要になってくる。照明やネオンは空調などに比べればたいした消費エネルギーではないでしょうが、抑える方向で行くしかないのではないでしょうか。むしろ、それをアピールしてネオンの悪いイメージを払拭してはどうですか?

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