特別エッセー

 

ブランシュ姫と不二家とネオンの関係

鹿島 茂 フランス文学者・共立女子大学教授

 横浜とはいえ、南部の半農半漁の田舎町で育ったせいか、小学校に上がるまでは、とんと、ネオン・サインなるものにはご縁がなかった。

 「これがネオンか」とはっきり意識したのは、小学校三年生のときのことである。今は亡き叔父に連れられて東京後楽園球場に巨人・国鉄戦のダブル・ヘッダーを見に行った帰り、有楽町駅で国電(現在のJR)を降りた瞬間、有楽座の大きな映画看板が目に入った。びっくりして視線を上げると、そこに、銀座四丁目の交差点あたりでまばゆく輝くネオン・サインの群れが見えたのである。
 このときのことは、いまでもはっきりと覚えている。流行歌に歌われている「大都会(メトロポリス)」とはこういうものかと、初めて納得がいった記憶があるからだ。ネオン・サインとは、私にとって大都会そのものの象徴と映ったのである。
 有楽町駅の階段を降り、駅前の雑踏を抜けて数寄屋橋の交差点に出ると、そこにはフランク永井の歌にあるような「ネオンの海」が拡がっていた。
 なかでも、私の目をひきつけたのは、不二屋の「フランスキャラメル」のネオンサイン。テレビ・アニメ「ポパイ」のコマーシャル・タイムに流される不二屋レストランの映像に映っていたあのネオン・サインである。

 昭和三十三年当時の日本においては、都会と田舎の文明度はそれこそ「隔絶」していたから、テレビのコマーシャルに映るような豪華な(と、その頃には思われたのだ)レストランが本当に実在するのか信じられなかったから、三色旗に金髪・色白のフランス人少女を配した「フランスキャラメル」の明るいネオン・サインは、私に強い印象を残した。極端にいえば、これが文明との出会いだったのである。

 いまにして思えば、私が後にフランス文学や歴史を専門とするようになったのは、案外、このときに見た「フランス・キャラメルの女の子」のイメージが潜在意識に残っていたからかもしれない。

 その後、フランスとネオンが私の頭の中で結びつくことはなかったのだが、二年ほど前、パリは十三区にあるゴブラン界隈を歩いているとき、偶然、「あるもの」に遭遇して、ネオンという言葉が久しぶりに頭の中に蘇ってきた。
 ゴブラン界隈というのは、その昔、ゴブラン織りで知られる織物工場や鞣革工場があった地域で、セーヌの支流ビエーヴル川が流れる岸辺に無数の工場が立ち並んで、汚染物質を垂れ流している公害地区として知られていた。いまでは、そうした工場は一掃され、跡地に庶民的な公園ができているが、私は十九世紀の歴史家なので、消えたビエーヴル川の痕跡を求めて、ゴブラン地区を散策していたのだ。
 すると、突然、異様な建築物が視界に飛び込んできた。中世風の尖塔と切り妻屋根のある御伽噺に出てくる城のような建物である。

 これは、伝説によって聖王ルイの王女であったブランシュ姫(レンヌ・ブランシュ)が住んだ城郭とされているが、実際にはゴブラン織の始祖ゴブラン兄弟が工場の敷地内に作った建物らしい。のちには、この「レンヌ・ブランシュの館」は、鞣革工場の作業場として使われ、ビエーヴル川に廃液を流していたが、政令で鞣革工場が移転すると、敷地は別の工場によって占められることとなった。
 と、いささかネオンとは関係のなさそうなことを述べてきたが、ようやく、ここでネオンの話に戻ることができる。というのも、新たにレンヌ・ブランシュの館のある敷地に越してきた工場というのが「コンパニ・フランセーズ・ド・ネオン」というネオン会社の所有だったからである。つまり、私がゴブラン界隈を散策中に目撃した中世風の尖塔と切り妻屋根の建物は、いまはネオン会社の工場に囲まれるかたちで建っているのだ。

 私は、この以外な組み合わせに遭遇したとき、「《レンヌ・ブランシュ》にネオン会社か」とつぶやいてから、その不思議な暗号に、思わず膝を打った。
 というのも、レンヌ・ブランシュのブランシュとは人名だが、ものはといえば色の白い女の子に与えられるニックネームである。それが「コンパニ・フランセーズ・ド・ネオン」に囲まれているということは、あのフランスキャラメルのネオン・サインそのものではないか?いささかこじつけ気味といわれるかもしれないが、私は、そのとき、自分の職業選択の原点になったのかもしれないこの「フランス・ネオン・色白の女の子」という組み合わせにある種の感動を覚えた。

 そう、フランスキャラメルのネオンに導かれてフランス文学の世界に入った私は、無意識のうちに、失われたブランシュ姫を求めて遍歴を続けていたのかもしれない。それがこうして、意外なかたちで「見いだされた」のである。

後記。不二屋の銀座店が不祥事で営業を中止したと聞いた。残念である。


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